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1985.09.24   @大阪・BOURBON HOUSE
AUTO-MOD - LAST Live House GIG

AUTO-MOD
( オートモッド )


  ワーストノイズ、Maria023を経て、渡英、80年に帰国後、GENET( ジュネ )が結成。
  81年頃までライヴハウス屋根裏を中心にライヴ活動を行う。この頃すでにSAXとキーボードを含む6人編成の形が作られている( ただし、編成はよく変わっていた。)。一時期リズムボックスを使用していたことも。またGENETがVoとキーボートを担当していた時期もある。
  82年に現PERSONZの渡辺貢( B )が加入、解散まで活動を共にする。
  83年、元BOφWYの布袋寅泰( G )と高橋マコト( Dr )を迎え( 当時二人はBOφWYと掛け持ち)、音を強化。同年12月より85年にかけて、MADAME EDWARDA、G-SCHMITTなどと共に自らの解散を前提とした「時の葬列・終末の予感」を主催。その間メジャーデビューも果す。演劇舎蟷螂のメンバーが一部アルバムやライヴに参加しているのは興味深い。
  85年11月13日に行われた<第13夜>が解散ライヴとなる。この時のメンバーはVo.GENET、B.渡辺貢、G.友森昭一、Dr.浜一輝、Key.朝本浩文、Sax.河野利昭。

  世紀末思想、幻想的、頽廃的。ボーカルのGENETの言葉を借りるならば、「グラムロックとニューウェーブの発展した形態」を持つ音楽。「新しい世界へ向けての革命」をコンセプトに「イースタニア」なる幻想郷( デストピア )を作り上げようとしていた。「新しい世界はほんとにあるのだろうか」という疑問が、「破壊へのロマン」という形で表現されていた。

  当時のインディーズシーンにおいても徒花的存在で、異端扱いされていた。1985年に活動停止。その後「GENETIC VOO DOO」などのバンド活動を経て、1996年に「AUTO-MOD」名義で活動を再開。ゴスライヴイベント「東京ダークキャッスル」を主宰。



セットリスト
  1. A PRAYER
  2. メッシーナの悲劇
  3. Out of the Darkness
  4. Eternal Theater
  5. 世紀末キャバレー
  6. FRIENDS
  7. Smell
    以下不明
AUTO-MOD   AUTO-MODの存在を知ったのは、毎年恒例の帰省中に、再従兄( はとこ )から「AUTO-MODっていうバンドのライヴの警備( のバイト )に行くんだけど、お前も行くか?」と誘われた85年の夏のことだ。当時、自らもパンクバンドをやっていた彼は僕の憧れでもあり、音楽のことで影響を受けた部分も大きい。
  僕はこの当時、THE MODSのストレートなロックに傾倒していた。

  結局、この時は祖父の反対もあって行くことは出来なかったが家に戻ってから、中間試験学年2位を獲得して親を説得し、生まれて初めてライヴハウスに行くことになる。

  楽曲もバンドについても、ほとんど知識がないままライヴに行くのは僕にしては珍しい事で、反対されて行けなかった事に対する意地からなのか、とにかくどうしても一度ライヴを観てみたかった。

■

  明るさをギリギリまで落とした薄暗い照明、「バーボンハウス」という名前が象徴しているように、カウンターバーには、多種類の酒瓶が並んでいて、けっこうドキドキした。そして、華やいだ女の子たち。モッズのライヴとはかなり客層も違う。

  普段はどうなのか分からないが、結果的にオールスタンディングになったこの日のライヴでも開演前には、きちんとテーブルとイスが設置されており、開演前に食事をしたりできるようになっていた。
  モッズのライヴで知り合ったやはりパンクな友人( 奴もAUTO-MODは初だ )と二人、話をしながら開演を待つ。まだこの時、僕の周りにはのどかな日常的な空気が流れていた。

  客電が消え、周りの人が椅子とテーブルを蹴散らして、ばらばらっとステージ前へ。スタッフがテーブルとイスを後ろの方へ片づける。

  さほど奥行きのないステージにメンバーがスタンバイしているようだ。真っ暗な空間にドライアイスの煙が立ちこめ、時折放たれる光がステージ上のメンバーを照らし出している。重厚なオルガンの音が響き、「A PRAYER」( この時はまだタイトルも知らない )が流れる。幻想的で儀式的なその楽曲の中で、ステージ中央に立ったGENET( ジュネ )が身じろぎせずに僕らを見つめている。息をのむような緊張感が漂う。
  背筋が凍りつくような静けさの中、低音のキーボードとギターの音が響くが、GENETはまだ先程とほとんど変わらず、マイクスタンドに体重をかけたまま、自信たっぷりの表情で僕らを見つめている。

  そして、歌声が宙に舞った。

  さきほどまでの日常的な空気は一辺。頽廃漂う、非日常の幻想空間に変化した。

  オープニングSE的「A PRAYER」が終わり、サックスと低いベース音のイントロから「メッシーナの悲劇」へ。ライヴ版以外では音源化されていない曲だが認識率は高いようだ。聴く人によっては神経を逆なでするようなGENETの声が、黒死病( ペスト )で壊滅する中世ヨーロッパ、メッシーナ( イタリア )の悲劇を歌う。ドラムインとともに、また空気が変化。重厚な雰囲気からトランス状態へ一転。

  「Eternal Theater」の後、MCが入る。今日がライヴハウスギグとしては最後であるということ、来月には近鉄劇場でライヴをするが今日のようなノリではないと思うので、今日は楽しんでほしいということ、を意外と普通の落ち着いた声で淡々と話しかける。

■

  この時期のAUTO-MODは、美しい旋律と、幻想的な世界観の楽曲が多く、一瞬にして、その世界に引き込まれた。気づくと僕はGENETの真ん前で踊っていた。

こういう世界があったなんて。
何もかもが凄すぎる。

だが、時すでに遅し。
解散へのカウントダウンは始まっていた。

■

  世紀末思想、耽美( たんび )、頽廃( たいはい )。その頃、傾倒していたモッズとは正反対の世界だったが、僕の音楽に対する感覚は変わった。「変わった」というよりも、「自分の居場所を見つけた」といった方が正しいかもしれない。
  多感な10代に受けたこの衝撃は大きく、現在も僕の根底にはこの頃のAUTO-MODの影響が身を潜めている。後年、FANATIC◇CRISISに惹かれるのはインディーズ時代のアルバム『太陽の虜』に同じ世界を見たせいだ。

■

  僕にとって初ライヴハウスライヴがAUTO-MODのラストライヴハウスギグというのは、なんだか出来過ぎ( でも、本当 )。その後アルバムを探し回る日々が僕を待っていた。特に当時すでに廃盤になっていた『滅びゆく時代へのレクイエム』は、やっとの思いで手に入れた思い出深い1枚。
  後にも先にもあんなに血眼になってアルバムを探したことはない、今となってはいい思い出だ。

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